アレルギー支援ネットワークは、2018年7月9日に日本小児アレルギー学会からの要請を受け、事務所に備蓄をしていたアレルギー対応の食料や肌着等を、広島市内に急遽開設された「アレルギー対応物資の拠点」 (市民病院・社会福祉協議会・患者会) に緊急発送しました。

 
広島県内の患者会同志が日頃から顔が見える関係づくりをしていたことや、アレルギー対応物資の拠点がすぐに作れたことがあって、今回は発災後5日目にこうした支援物資をお届けすることができました。
アレルギー支援ネットワークが年賀寄付金の助成金をいただいて、2017年12月に、「東海・関西・中国地域ネットワーク会議」を開催していたことも大きな力になりました。

今回被災された地域からは、断水が長期にわたったことで、幼子を連れて給水車に並ぶことがいかに大変だったかということや、酷暑でアトピー性皮膚炎が悪化したにもかかわらず水がなくてどうしようもなかったことなど、悲痛な叫びが数多く伝わってきました。

一方、患者会に所属していたことにより、情報や物資が届き、本当に心強かったという声もたくさん届きました。災害に対する日頃からの備えと、患者家族や患者会同士、そして隣近所の知人たちとの顔の見える関係作りがいかに大切かということをあらためて痛感しました。

日本全国どこに住んでいても被災する可能性があります。
地震・集中豪雨・がけ崩れ・川の氾濫・火山噴火・竜巻・・・・
一番の問題は、ライフラインがストップするということです。
冬の災害のときは、アトピーが悪化したという声はこんなにたくさん届きませんでした。
季節によって困りごとも変化します。今一度、災害対策を見直しましょう!!

 

アレルギー支援ネットワークに届いた生の声

困ったこと・しんどかったこと・助かったこと

【三原市 小1 卵、乳 エピペン所持】
断水で、風呂に入れず、身体は拭いたりしたが、アトピーが悪化。喘息で吸入もした。
断水のため、学童、学校が休みなのに仕事が休めず困った。
今回は、自分の備えで持ち堪えられたが、患者会からの情報があることで、気持ちに余裕ができた。


【三原市  4歳 卵、乳 エピペン所持】
豪雨の翌日、陸の孤島になった 。緊急時、救急車は来てくれるのか…。病院に連れて行ける道がない…。エピペン1つで命をつなぐ事ができるのか…。すごく怖くて不安でした。夫と「もし今、誤食があったら、間違いなくこどもは死ぬね。口に入るもの、触れるものはしっかりチェックしようね。」と凡事徹底しました。3日分の備えはしていたのですが、まさかこんなに長期戦になると思っていませんでした。徐々に通行止めが解除されて、お店に物が並び始めても、アレルギー対応ではない市販の物(卵乳不使用のお惣菜やお弁当)は、怖くて食べさせれません。もちろん私達だけが食べるわけにもいきません。食事を作ってやれないこと、緊急時に病院へのルートがなかったこと…とても不安でした。私ひとりで子供二人を連れて、洗濯に行ったりお風呂に行ったりは、なかなか難しかった。毎日、ほぼおにぎりばかり食べさせていたので、患者会の代表の方から大丈夫ですか?と声をかけてもらい、アレルギー対応食を用意してもらった時は本当に助かりました。(多くの支援物資が届いていると知り、たくさんの方の優しさが心に染みました。)アレルギーの事を知ってくれている近所の方が、トマトやトウモロコシなどのお野菜を持って来て下さり、いろいろ気にかけてもらい嬉しかったです。(近所の方に子どものアレルギーの事を知っていてもらうことは大切だと思いました。)患者会を通じての、外からの情報や援助は、外部との繋がりを感じることができました。ありがとうございました。


【三原市本郷 7歳、5 歳、3 歳 卵】
断水期間中でも、子ども達だけは毎日着替えと清拭をしないといけなかったこと。飲み水以外にも、清拭をするのに必要な水量を確保しないといけなかったが、井戸水提供あるも、使うのに躊躇しました。少し試して、結局使いませんでした。汗をかく時期だったので清潔で肌に合った服を用意しないといけなかったのも苦慮しました。お風呂に入れないことに困りました。いつもより服薬の回数、塗り薬も量を増やし、ステロイド等、きつめにして凌ぎました。いつもと違う環境から、下の息子は食欲が落ちてしまいました。アレルギーの会や、幼稚園の部活動のグループラインに様々な情報が共有されたことで、今必要な情報や物資を手に入れる事ができました。


【三原市西野 3歳 卵、乳 エピペン所持】
断水で近所の湧き水で家族の洗濯と体拭きがしんどかった。親戚宅も断水で頼るところがなかった。食料と飲料水の備蓄をしておらず、スーパーも機能せずアレルギー対応食に困った。ガソリン入れるところもなく移動が制限された。患者会を介しての支援物資や豊富な情報源。友人からの食料や水の提供。


【三原市本町 5歳、11歳 卵、乳、小麦】
猛暑と断水が重なったこと。毎日の給水に時間がかかっこと。患者会のライングループで情報を共有できたこと。


【三原市 2歳 不明】
水が出ないことも辛かったけど、それと同じくらい、保育園お休みの子供たちを家の中に閉じ込めておくことが辛かった。道が通行止めになっていたりで、どこにも行けず。たくさんの情報が飛び交っていて受け取れないくらいだったし、子供たち見ながら携帯をつつく時間もできなかった。保育園は早くから保育を再開してくれていましたが、断水のため、アレルギー対応食は作れないと言われたので、仕事を休まざるを得なかった。アレルギーの会での情報がたくさんいただけたこと。一人じゃないと思えたこと。


【尾道市瀬戸田 9歳 卵、乳、魚貝類、甲殻類、イカ、タコ、ピーナッツ、ソバ】
給水して頂いたポリタンクを運ぶ事 。断水解除の目処が立たなかった事。断水生活9日目に心身ともに疲れが出てきたので、尾道市社会福祉課と社会福祉協議会に電話をしてアレルギー対応食の提供を行なっているのか伺ったところ、尾道市はしていないと聞きガッカリしました。患者会に相談をしたら、すぐに支援物資を私の元に届けられるよう段取りを整えて下さり、次の日には物資を頂きました。ご自身も被災されている中で、ご尽力をいただき心から感謝しています。ご近所の方々にも畑で採れた野菜や果物をいただき、助かりました。


【三原市 小3 卵、乳アレルギー 、エピペン所持 気管支喘息、アトピー性皮膚炎】
初めて食べるものは怖くて食べさせられないので、スーパーやコンビニで、今まで食べた事があって大丈夫なものを、仕事帰り、暑い中自転車で探し回った。ガソリンが不足していると聞いたので、やむを得ず、アレルゲンを含まないけれど、初めてのものを食べないといけなくなった。断水、仕事、暑さで疲れてしまい思考能力低下。でも買う時も原材料表示を確認して買わないといけない。食べている最中や食べた後、アレルギー症状が出ないか観察していないといけない。何が安全に食べられるか献立を考えるのが大変だった。誤食を防ぎたいため、結局同じレトルトカレーやうどんばかり食べた。特別警報が出た時、避難を考えたが、 エピペン所持、犬アレルギーがあり(本人、母とも)、市の備蓄もアレルギー対応は米しか食べれないと確認していたので、避難所には行かずヒヤヒヤしながら自宅の2階で過ごした。今回は被害がなくてよかったが、避難所で過ごさないといけなかったら、本人の状態が悪化し不安で一杯だったと思う。患者会を通じてラインでの情報交換、アレルギー対応の安全な食品をたくさん頂いた事で、誤食の不安が一気に解消された。食べることは命に直結するので、毎日不安だった。


【東広島市河内 1歳 卵、乳、小麦、大豆、ゴマ、山芋】
水を何度も汲みに行った事。水が少ない中での食器洗い。手を洗う、顔を洗うなど子供1人でできていた事が水の入ったボトルを持って流してあげないといけないので全てにおいて、つきっきりになる。避難所の食事が夜カレー、朝パンと牛乳だった事(乳、卵、小麦×)断水の連絡も無いまま突然の断水だったのでお風呂に水をためる事ができなかった。避難所の保健師さんにアレルギー対応の食品ありますかと聞いたらちょっと悩まれて出されたのが1 ヶ月から飲めるほうじ茶とアクアライトでした。やはりアレルギー対応の食品自体避難所には無いしそもそも対応のものが何かも分からないみたいです!患者会があった事。ご自身も大変な中、外部に SOS を出してくださったおかげでアレルギー対応食品で乗り切る事ができました。


【竹原市 3歳 アトピー】
我が家は無事でしたが、身内、親族に被害があった為、連日土砂出し掃除の手伝い。男手も足りぬ中、慣れぬ土砂や石を出す重労働はしんどかった。土砂掃除のため、子ども2人を親戚に預けていた。子ども(卵アレルギー)のことは子どもが幼い頃から勿論承知済み。子どもが「ゆで卵が食べたい、大丈夫」と言ったらしく「この子が言うなら食べられるようになったのかな」と私に確認もなく、ゆで卵半分を食べさせたそのことを何も聞いておらず、帰って子どもから「今日ゆで卵を半分食べた」と聞いてびっくりした。喘息が2日続き、3日目は両目の充血・・・。なんとかその後はおさまった(最近、体調の良い日はゆで卵4分の1は食べられるようになっていた。3分の1は喘息出てまだ×だった)←まさか卵アレルギーを知っていて安易に卵を親の許可なく食べさせると思っていなかったので、ゆで卵を今どれだけ食べられるかなどの説明はしていなかった。災害から私も子供もアトピーがひどくなり、心身共に疲労とストレスがピークに達していたところ、肌に優しい下着等を支援いただき本当にありがたく嬉しかった。


【三原市 4歳 卵、乳】
十分な飲み水を蓄えていなかった。断水の翌日から主人が連日の勤務であり、子供二人を抱えて給水所まで行き、暑い中並んで水を貰う事。備蓄のレトルトでは飽きがきて、食欲不振に。市販のものには頼れず料理しようとするも、十分な水がなかった。2歳の次男は、ひどい便秘にもなり、食事や間食するら取らなくなり体重が減少した。水浴を控えていたので、普段なら、汗で蕁麻疹が出ることはないが、首周辺を掻いて蕁麻疹を出す事があった。患者会のラインを通じて、多くの情報を得られたこと。


【患者家族の生の声からの教訓】

・患者会(アレルギー児の親の会)に所属する
・患者同士助け合うことができるよう顔の見える関係作りをしておく
・隣近所の方にお子さんのアレルギーについて話しておく
・水、食料、トイレ、下着・肌着の替え、常備薬は1週間~10日分備蓄しておく