日本列島では様々な自然災害が発生した歴史があります。自然災害の代表となる地震、台風、豪雨、豪雪による被害がその多くです。
地震災害としては1995年1月17日阪神・淡路大震災、2011年3月11日東日本大震災、2016年4月14日熊本地震、2018年9月6日北海道胆振東部地震などが挙げられ、中京地方においては1891年10月28日濃尾地震、1945年1月13日三河地震等の地震震災が発生しています。日本国内で文字による記録が残っているのは西暦416年からとなりますが、歴史上50〜150年周期でM7〜8程度の地震が同じ地域で何度も発生しています。
いつどこで地震震災が起こるのか、想定はできても断定する事はできません。
参考までに過去発生した震源地を地図に記載したものを提示します。
≪震源地分布図≫Wikipediaより抜粋
上記の地図を見てもわかるように、日本列島全体に俗にいうプレートに沿って震源地は存在していますが、今回の北海道胆振東部地震のようにプレート外であっても発生します。やはり何事も備えあって憂いなし、“準備すること”が重要かつ不可欠となります。
気候変動による災害としては、豪雨・局地的に発生するゲリラ豪雨による河川の氾濫、地滑り、山崩れ、鉄砲水等の災害により孤立する事象が日本各所で発生しています。豪雨に関してはここ数年間で多く発生するようになった地球規模的な現象ですが、気象庁や企業により予知できるレベルにまで上がってきており、事前に避難勧告や避難指示が発令されるようになってきています。
大雨警報や注意報が出たら、川、海、山からなるべく離れて必要に応じ地域の避難所やしっかりした建物内に避難しましょう。
【災害備蓄の必要性】
東日本大震災後からBCP(事業継続計画)という言葉を使う機会が増えました。災害後は、自助⇒共助⇒公助という流れで自分自身⇒周りの方⇒地域近隣へとお互いに助け合う精神が大切だと言われるようになりました。
災害から逃れても、救援物資が届くまでに生き抜くための必要最低限な物資がないと、命の危険から逃れる事はできません。そんな時に必要な災害備蓄品はご自宅に備蓄されていますか?「準備」がないといざという時には何もできないのが人間です。是非用意しましょう。備蓄品の置場もすぐに持出できるよう玄関口の側に置く事が大切です。災害後には食料品を購入する長蛇の列ができます。すぐに必要とされる食料品は底をつきてしまい、外部からの救援物資待ちとなります。
生きるために必要なのはやはり食料品です。アルファー食品としては、災害備蓄食糧としてお湯、水、ジュース類でも短時間で復元するアルファ化米の製造販売を行なっています。当社商品を見た、買った、もらった、食べたという方は少ないかもしれませんが、5年間常温保存できるご飯として非常に重宝されています。特に特定原材料等27品目不使用のアルファ化米はアレルギー疾患をお持ちの方に重宝されています。
≪特定原材料等27品目不使用商品≫アルファー食品株式会社HPより抜粋
味付けも(1)白飯、(2)わかめご飯、(3)山菜おこわ、(4)ひじきご飯、(5)きのこご飯、(6)白がゆ、(7)梅がゆの7種類とバラエティに富んでいます。基本メニューとして災害時の味気のないメニューからの決別が必要です。ご飯とともに缶詰やカレールーをご用意いただくとよりバラエティ色が出せます。
勿論、様々なメーカーからアレルギー物質不使用商品も多く発売されていますが27品目不使用品はまだまだ少ない状況です。
特に食物アレルギーをお持ちの方がいるご家庭においては日々使用される食材や調味料を常温保存できるもので回転備蓄的発想をもち、それを補填するためのアレルギー対応非常食を備蓄する事が必要です。自分なりに工夫して3食×3日のメニューを立てて購入する方法を検討してください。なお必要な情報はアレルギー支援ネットワーク様にお問合せいただければと思います。
内閣府備蓄指針では、水は1日3gを3日分、非常食も3食3日分を推奨しています。
大規模災害に向けては7日分の備蓄を促しています。水が使えなくてもペットボトルのお茶であればご家庭に常時ありますし、例えば牛乳、ウーロン茶、甘い珈琲でも美味しく召しあがる事はできます。まずはご家庭に通常置いてあるものを活用する事を忘れてはいけません。試してみる価値はありますよ。
【家具倒壊等の対策】
自宅で被災する事を想定し、寝室の家具の配置、食器棚等が倒壊すると危険状況に陥る可能性を確認しながら対策を練りましょう。自宅内で安全なスペース確保のため、今一度対策を考えてみる必要があります。
ご家庭で用意している災害用持出袋の中身を確認しましょう。特に役立つものは携帯電話の活用が幅広くなっていますので携帯電話充電器機能付き懐中電灯とラジオが一体となっている手動充電器、そして身体を冷やさない工夫をしたアルミ製マット(低体温症対策)などがあります。スマートフォンはスーパーの袋を使うと照明器具(ランタン)の代替にもなります。
今一度袋を空けて、使用する状況を考えた上で必要最低限の構成に変えてみる事も重要です。(その際に賞味期限が過ぎている、近い食品の入替も行なってください)
推奨セット内容については販売店や専門業者にお問合せお願いします。
備蓄食糧の歴史を少しだけ紹介します。
【備蓄食の歴史】
出雲風土記によると、神代の携帯食は「乾飯(ほしい)」といわれるものでした。乾飯とは現在のアルファ化米の元祖ともいえるもので、炊いて残ったご飯を水で洗い、天日干ししたものが備蓄の最初であったと言われています。食物を保存する知恵は太古よりあったようです。戦国時代の武将が戦飯(いくさめし)として携行した話しが有名です。
米を主食として、領主に年貢米として献上されていた経緯を考えると武士が食していたことになり、江戸時代末期までは乾飯が備蓄食・戦食として重宝されていたようです。
この乾飯が「糒(ほしい)」に変化してきたのは鎌倉時代からといわれています。ちなみに安土桃山時代の武将、伊達政宗が作らせた「南部煎餅」は保存食の第1号とも伝えられています。天保13年(1842江戸時代末期)、反射炉で有名な伊豆韮山の代官、江川太郎左衛門担庵公が非常時に備え、保存できる軍用の携帯食としてパンを焼き始めたのが、我国のカンパンの始祖です。外国文化の取り入れに熱心だった当時、水門藩は「兵糧丸」、長州藩は「備急餅」、薩摩藩は「蒸餅」と名付けた軍用パンを作り、非常時に備えていました。
≪三立製菓HPより抜粋≫
明治10年、西南戦争のとき兵糧に困った官軍が、フランス軍艦からカンパンの援助を受けたと記録されています。当時は乾パンをビスコイドと呼んでいました。ビスは二度、コイドは焼くことを意味しています。二度焼成することで保存性・安全性を高めたようです。
その後、日本国内では備蓄食=乾パンの時代が長く続きました。
そのような時代が続く中で第一次世界大戦を機に、日本国内でも独自の軍需食糧としてアルファ化米の製造基盤を担う企業が出てきました。
当初は、現在のアルファ化米のような粒形状になっていない「くず練の素」「もちの素」といった火を使わずに水を注ぐだけで搗き立ての餅になる粉末食品が開発され大変好評を得ました。その後、日本国軍政府より「炊かずに食べられるご飯」の開発要求がありアルファ化米(即席飯)が軍需食糧として粉末製品とともに3億食が供給されました。
≪尾西食品HPより抜粋≫
そして現在の団塊世代の登山需要を経て官民備蓄食糧へと時代の流れとともに変化してきています。つまりは軍事食糧から平和的食糧へ生まれ変わったのです。
【アルファー食品は】
阪神淡路大震災を機に、災害備蓄食糧としてのアルファ化米の製造販売強化を実施しました。さらに災害弱者と呼ばれていた食物アレルギーをお持ちの方への備蓄食糧供給を実現したく、アレルギー支援ネットワーク様からのアドバイスにより重要な問題点をひとつずつクリアして製品化を目指しました。そして開発したのが、特定原材料等27品目不使用商品です。当初は、わかめご飯、ひじきご飯、きのこご飯の3種類だけの販売でした。その後、ニーズに合わせ白がゆ、梅がゆ、山菜おこわと安全性を確認した上でアレルギー対応商品の開発・販売強化に努めてきました。
これからもみなさまのご支持が得られるよう、特定原材料等27品目不使用商品の充実と、より使いやすい商品化を目指して精進するところです。楽しみにしていてください。
もしかするとこの記事を読んでいらっしゃる時に被災されるかもしれません。貴方の命を自助で守る事ができる備蓄をしっかり行ないましょう。
≪参照・備蓄の定義≫
備蓄とは、将来的に予測される、需要と供給のバランスが崩れる事態、あるいは発生すると予想される供給の停止などに備えて、必要な物資を蓄えておくことである。なお流通においても、生産側から消費側に物資が流通する過程で、在庫の形により一定の変動に対応可能なシステムが備わっているが、備蓄と表現する場合には、より積極的にそれら物資を貯蔵し、異常事態に備えることを指す。
政府レベルでは、古くは飢饉や飢餓・天災に備えた食糧備蓄がおこなわれてきた。近代では食料品(備蓄米)、戦略物資、衛生物資などの備蓄が進められている。
《Wikipediaより抜粋》