アレルギー情報見聞録
「#2衛生仮説」
独立行政法人国立成育医療研究センターアレルギー科
二村 昌樹
夏休みも終わり、やっと子どもが昼間学校に行ってくれてちょっとホッとしておられるお母さん方も多いのではないでしょうか?
前回2回目にして早くも連載をお休みさせていただきましたが、7月末に私はドイツのミュンヘンで開催されたアトピー性皮膚炎の国際学会に参加してきました。今回はこの学会で聞いた内容をお伝えしたいと思います。国際学会といっても参加者は300人余りで、日本で行われる全国学会の10分の1以下の小さな学会です。しかし、そこにはとても有名で医学書に名前が出てくるような先生方が大勢参加されていました。
この学会は2〜3年に一度開催され、前回は2年前に京都で開催されています。今回もアトピー性皮膚炎について、病気の原因究明、新しい治療法、予防法について世界最先端の情報が発表されました。その中で私が特に「へぇー」と思ったイギリスで現在進行中の研究を紹介します。
みなさんは「衛生仮説」っていう言葉を聞いたことありますか?昔に比べてアレルギーの病気になる人たちが最近増えてきているのはご存知ですよね。この理由のひとつとして考えられているのが「衛生仮説」です。「衛生仮説」は現在イギリスの大学の医学部で教授をしているある学者が発表しました。20年前、彼がまだ大学院生のときにイギリスで行われた調査の結果から、アレルギーの病気が結核や寄生虫などの感染症が減るのと反比例して増えてきていることに注目して発表した説です。その後おこなわれた世界的な調査でも、比較的清潔な都会や先進国にアレルギーが多く、感染症にかかりやすい地方や発展途上国に少ないという報告が出ていますし、細胞や動物を用いた実験などでもこの「衛生仮説」を後押しするような結果が得られています。
これだけ聞くと昔のような非衛生的な生活のままの方が、アレルギー患者さんが少なくてよかったのではないかと思われてしまうかもしれませんが、生活が衛生的になることは、さまざまな菌の感染症による死亡数を減らすことに貢献しています。アフリカでは不衛生な環境のために、コレラをはじめとした感染症で今なお多くの子どもが亡くなっています。またアレルギーの面からも一概に不潔なほうがいいともいえません。たとえば乳児期に一部のウイルスにかかって風邪をひいた人のほうが、将来喘息になっている人が多いという報告もあります。
アレルギーの治療法が進歩した現在でも、多くの研究者がアレルギーになることを防ぐ方法を模索しています。今回の学会では、イギリスの研究者が寄生虫(回虫)の流行している東南アジアの国で行ったある試みについて報告していました。この国では衛生環境がよくないため、子どもも含めてほとんどの人のお腹に寄生虫がいるそうです。そこでイギリスの研究者は、この寄生虫の感染が減るとアレルギーが増えてしまうのかどうかを調査しようとしています。妊娠中のお母さんに回虫駆除薬(虫下し)を飲ませて、生まれてくる赤ちゃんが将来アレルギーになりやすいかを現在調べているそうです。現在進行中ですので結果はまだ出ていませんが、これが成功した場合には妊娠中のお母さんや赤ちゃんに寄生虫がいたほうがアレルギーの発症を予防できるということになります。そうなると予防のために害のない寄生虫をわざと飲んだり、寄生虫の成分でできたアレルギー発症予防薬が開発されるかもしれませんね。
そういえば昔、私の学生時代に某大学の教授が講義にやってきて「私は回虫を飲んで(おなかの中で飼って)いるから花粉症になっていない」といっていた記憶があります。ただしこの説はまだ十分に証明されていないので、今のところは「よいこは絶対にまねをしないで」くださいね。