今年も秋の運動会シーズンを迎えています。毎年、学校行事の花形、特に六年生は小学校最後の運動会で気合も十分かと思います。しかし、秋の始まりである10月は、気管支喘息の患者さんにとって一番注意が必要な季節に差し掛かります。
大同病院小児科の2004年から2009年の月別喘息入院患者数を図に示します。毎年3月から5月と10月から12月は喘息発作が悪化して入院される患者さんが多くなります。日本は四季があり、季節の変わり目、特に寒い冬から暖かくなる春と暑い夏が終わり少しずつ涼しくなって、時に寒い日も多くなる秋に発作が増えます。これは、いったいどうしてなのでしょうか?
まず、考えられるのは喘息発作を起こす原因が増えることです。ダニ、ほこり、花粉、ペットのフケ、カビなどの「アレルゲン」は春になると増加してきます。とくに春一番が吹くころになると、とても埃っぽくなります。近年、中国大陸から黄砂が飛んできて光化学スモッグを発生し、環境汚染物質の増加をもたらし喘息発作の引き金になることが問題になってきました。一方、秋は、高温多湿の夏に繁殖したダニの糞や死がいが増えアレルゲンが増えると言われています。
次に、春と秋にはいわゆる「かぜ」が多くなります。「かぜ」とは、主にウイルスが上気道である鼻腔や咽頭に付着し、そのあと上皮細胞に侵入(感染)し繁殖します。すると「かぜ」の症状として咳、鼻水、発熱などを起こす病気です。普通は1週間から10日程度で自然に治ります。原因となるウイルスは、ライノウイルス、パラインフルエンザウイルス、コロナウイルス、RSウイルスなどがあります。この中では、乳幼児はRSウイルスが原因で喘息に似た急性細気管支炎を発症し入院することもあります。またライノウイルスは、いわゆる鼻かぜウイルスですが、幼児や学童など年長児にかぜを引き起こし4日程度たつと喘息発作を起こします9月から新学期が始まり、学校や園での集団生活が始まるとウイルスが蔓延して風邪をひきやすくなります。さらに、季節の変わり目となり、急に冷え込んだりして体が冷えてしまい抵抗力も落ち自律神経のバランスも崩れることが発作を起きやすくなる原因と考えられます。
やっぱり怖いのはインフルエンザウイルスですね。例年、12月から3月の冬にかけて流行し、喘息の子どもには大発作を起こすことが知られており、インフルエンザワクチンによる予防接種が勧められます。2009年の新型インフルエンザ・パンデミックでは、東海地方でも10月から爆発的に流行し始めました。たまたま当直していたときに、病院の救急外来がマスクをつけて受診した患者さんで溢れかえっていました。入院された多くの方が肺炎や喘息発作をきたして酸素不足におちいり酸素吸入が必要となりました。あの頃の病院の忙しさは、忘れられない苦い思い出になりました。
そして3つ目の原因は運動です。特に秋は運動会があります。残暑の中、毎日の練習は夏休みでなまった体にはけっこうきついですね。その疲れもたまってくる10月はそろそろピークとなり、運動によっておこる喘息発作があります。
運動誘発喘息という言葉を聞いたことがありますか?英語で、Exercise-Induced Asthma (EIA:イー・アイ・エー)と言います。運動すると喘息発作がおこることを指します。メカニズムは、運動により呼吸数が増えると、同時に呼吸の量も多くなります。すると、気道の粘膜から水分が蒸発し、気道の粘膜表面と細胞の間に水分量の差ができます。これはまた、細胞の塩分(ナトリウムとクロール)、カリウムの濃度に微妙な変化をもたらしバランスが変わります。この変化が刺激となって細胞内のカルシウム(いろいろな刺激を伝える伝達物質のひとつ)の移動が起こります。すると気道の上皮細胞から炎症性物質が放出され、周辺の肥満細胞を刺激して脱顆粒を生じ、ヒスタミンやロイコトリエンなど気管支を収縮する刺激物質が放出されます。また、温度差により血流が変化し、より一層収縮しやすい状態がつくられます。
私が医師になったころは、喘息の子どもは運動を控えさせたり、体育を見学したりして、子どもらしい学校生活がおくれないこともしばしばありました。でも、最近では長期管理薬のおかげで普通のお子さんと同じように運動をしてもらっています。まずEIAを予防するために運動する前に準備体操を入念に行います。ウオーミングアップは自分の体に「いまから運動するぞ!」と語りかけ、徐々に体を慣らしてからより激しい運動の準備を整えます。運動の種類によってもEIAの起こりやすさが変わります。例えばスイミングやウオーキングは運動強度が同じでもEIAが起こりにくい運動です。一方、マラソンやサッカーなど激しく走るスポーツは、EIAが起こりやすいスポーツです。そこで、普段は元気で発作がないのにEIAは時々あるお子さんには、喘息長期管理薬をお勧めします。吸入ステロイド薬やロイコトリエン拮抗薬を続けることにより気道の炎症が少なくなり、気道の過敏性が減ってきてEIAが起きにくくなります。また、EIAだけ起こるタイプの喘息のお子さんには、運動前に短期間作用性β2刺激薬の吸入を行って予防する場合もあります。上手に薬を使ってEIAを防ぐことで、ほかのお子さんに負けない体力を維持することも、お子さんの日常生活の質を高めることにつながります。 またEIA予防には、適度の運動をできるだけ毎日続けることが大切です。心臓や肺の発育をうながし、丈夫な体ができてゆきます。発作を予防して苦しくないようにして運動を続けてください。
実は一流のスポーツ選手には、喘息患者が多いのです。例えば、冬季オリンピックのスケート金メダリストの清水宏保さんは3歳のころから喘息でした。しかもとても重症でした。その結果、今では普通の男性の肺機能に比べると60%程度しかなく、女性並の肺機能しかありません。しかし、吸入ステロイド薬を使って発作を予防することで、あんなすばらしい活躍ができたのです。
清水宏保さんは、喘息の子どもと親のために書いた「ぜんそく力・ぜんそくに勝つ100の新常識」(発行 ぴあ株式会社)という本の中で、喘息とどうつきあうかを語ってくれています。3歳で喘息と診断されてから、清水さんは「つきあいかた」を自分で考えるようになりました。昼間は発作がなく元気に遊びまわれますが、発作は夜やってきます。彼は、肺に空気が入りにくくなるため、眠いのに苦しくて寝られないことが続きました。そこで、発作のときどうしたら楽に寝られるかを工夫し、椅子の背もたれに前向きにもたれると息が楽になり寝られることを知りました。これは起座呼吸といって、喘息の発作時に自然になる姿勢です。姉二人、兄一人の末っ子だった清水さんは、兄弟の中でも自分だけアトピー性皮膚炎や喘息というアレルギー疾患を持って生まれてきたため、両親にともて心配をかけていると思うようになり、発作で苦しくても我慢するようになっていきました。当時はまだ喘息とは気道の炎症であるという考えはなく、発作のときは気管支拡張剤を点滴して症状を抑える治療しか行っていませんでした。そこで、清水宏保さんが発作に負けないため取り組んだのが体力づくりの運動です。発作を起こさないためには、運動をして体を鍛えなければならないと思うようになりました。毎朝、走ることから始め、その後、剣道、柔道、レスリング、サッカー、バスケットボールと、いろいろなスポーツに取り組んだそうです。そしてスケートと出会い、継続することで喘息を治そうと次第に大好きになっていきました。しかし、好きなスケートをやろうとしても、試合の前になると決まって発作が出てしまい、満足なスケートができない時もあったそうです。大学時代、遠征先の旅館で発作が起こったりしました。残念なことにオリンピックの出場がかかっていた試合で喘息発作が出てしまい、負けてしまったため出場を逃すという悔しいことがあったそうです。その後、スポーツドクターである主治医から、吸入ステロイド薬によって発作をコントロールできることを聞き、日本では始まってまもない吸入ステロイド薬による予防的治療により喘息コントロールに取り組みました。すると、どうでしょう。まったくと言っていいほど発作が起きなくなり、練習に打ち込むことができ、さらに試合に勝つことができるようになったのだそうです。
喘息の治療目標として、最近のガイドライン2012では、「喘鳴や呼吸困難を伴う定型的な喘息発作を認めず、運動や睡眠などの日常生活の制限がない。」「運動や大笑い、啼泣などによって一過性に認められる咳や喘鳴、あるいは感冒罹患時などに見られる咳の遷延や軽度の息苦しさなど、気道過敏性亢進状態の残存が疑われる症状がない。」と書かれています。やりたい運動、たとえそれが激しい運動でも、子ども達がやる気を出したら本気で付き合えるように喘息を予防することが大切です。
次回は、喘息の合併症としてのアレルギー性鼻炎についてお話しします。