メルマガをお読みのみなさん、こんにちは。
防災士の中根輝彦です。
防災の話題も4回目。これまでの3回で「自助」「共助」「公助」について、思うところをお話してきました。今回からは、アレルギー支援の取り組み事例について、具体的に紹介していきます。
今回は災害用非常食の備蓄についてのお話です。
みなさんは、備蓄食料を何日分備えていますか?いろいろなところで「3日分」の水と食料を備える必要があると指摘されていますが、いかがでしょうか?最近は3日分ではなく「1週間分」が必要という指摘も聞かれるようになってきました。
阪神・淡路大震災などの教訓から、「救助の手が差しのべられるまでに3日はかかる。初動72時間は地域の助け合いで。」の掛け声から「3日分の備蓄」が定着しました。これは単に事例からの教訓であって、3日分あれば必ず助かるという保障ではありません。たくさん備蓄すればより安心できるが、その分負担も増えることから、妥当なバランス点(あるいは必要最小限のレベル)を見つけているだけのことです。
ところが、東日本大震災では、被害が広範囲の地域におよんだことから、支援する側/される側の「供給と需要の比率」が従来の災害と全く異なり、支援する側の供給量が圧倒的に不足となり、4月になっても支援の手が差し伸べられなかった地域もありました。
また、南海トラフ巨大地震や首都直下型地震のような大規模災害の想定・被害予測が出されて、必要な対策や備えも要求レベルが上がってきました。要求レベルが上がったからといって、備蓄を増やすことはそんなに簡単ではないという声が、いたるところから聞こえてきそうです。
どんなにがんばっても、自助として備蓄できる量には限界があり、復興自立まで必要な数年分の量をすべて自前で確保するのは無理です。自助と共助をうまく組み合わせて、相互支援する仕組みを作るのが妥当な策だと思います。備蓄する食料を「自分が被災したときに食べる=自助」と「どこかで災害があったら支援物資として提供する=共助」のどちらにも活用するという考え方です。
仙台市のある町内会やその近隣の団体が、「民間ベースの食料備蓄・相互供給支援体制」構築の呼びかけを始めました。前述の仕組みを具体化しようという取り組みです。考え方に賛同できるところ、準備ができたところからネットワークを作って、ゆくゆくは全国規模に広げたいというものです。各家庭に備蓄食料が蓄えられ、全国規模の巨大な分散食料庫となり、災害のたびに支援し合う。壮大な規模の「共助」体制が出現します。
あれ?この仕組みは…、とピンときた方もいらっしゃるでしょう。アレルギー対応では、すでにアレルギー支援ネットワークや地域の患者(とその家族)の会が、取り組まれてますよね。同じ悩みを抱えるからこそ互いに支援しあえる体制をと望むのは、アレルギーに関わらず、どの分野でも同じようです。
この「食料備蓄・相互供給支援体制」、地域防災組織のネットワークとアレルギー支援ネットワークや患者会のネットワークがコラボしたら、非常に心強いものになると思います。そんな思いから、私の地元で今年度の地域防災活動の一環として、「救援物資(アレルギー対応備蓄食)搬送訓練」をしました。
今回は、災害備蓄食料を「自分が被災したときに食べる=自助」と「どこかで災害があったら支援物資として提供する=共助」のどちらにも活用するという事例について紹介しました。
次回は、「救援物資(アレルギー対応備蓄食)搬送訓練」の事例を紹介します。
防災士 中根輝彦
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@TeruhikoNakane
内容は筆者個人の考え方に基づくものです。アレルギー支援ネットワークを代表するもの、方針を反映したものではありません。
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