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2 「アレルギーのおはなし」第一回 〜気管支喘息と受動喫煙〜 あいち小児保健総合医療センター 佐々木渓円/メールマガジン68号

みなさま初めまして。今回から記事を担当することになりました、あいち小児保健医療総合センターの佐々木渓円です。
まず簡単に、簡単な自己紹介をしますと、私は少し変わった経歴になります。医学の世界には、栄養学や公衆衛生学の研究・教育職として関わりはじめ、関東にある保健所と病院を経て、今年の4月からあいち小児保健医療総合センターにおります。これまで記事を担当された諸先生方のような高尚な内容は書けませんが、少し異なる視点からアレルギー疾患の関連領域の話題をご提供できれば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
では、本題に入りましょう。代表的なアレルギー疾患の一つとして気管支喘息がありますが、その日常的な目標は発作を起こさないように予防することですね。そのためには、重症度にあった治療薬の使用だけでなく、環境整備が重要になります。環境整備にはいくつかのポイントがありますが、今回は小児の受動喫煙対策をテーマにしました。身近に喫煙者がいない方には退屈かもしれませんが、雑学としてお付き合いください。
まず、子ども達が受動喫煙を実際にしているかどうかは、吸収されたニコチンが体内で変化したコチニンの尿中濃度で調べることができます。3歳児健診を利用した国内データでは、父親が喫煙者<母親が喫煙者<両親が喫煙者の順にコチニン濃度が高くなります。この結果は、ママの方がパパよりも子どもと接する機会が多いという育児環境が影響していますが、子どもとのふれあいを受動喫煙レベルで比較するというのでは、ブラックジョークとしても笑えない結果を気管支喘息にもたらします。
今年、Burkeらは、過去に報告された約70の研究データをまとめた報告をしています。この報告によると、家族の喫煙によって子どもの喘息発症は21〜85%増加しています。また、その他の多くの研究により、受動喫煙によって吸入ステロイド薬の効果が弱まることや、喘息発作による救急受診の回数が増えることも明らかになっています。つまり、毎日一生懸命吸入薬などを続けている子どもがいるのに家族がタバコをやめないのは、喘息の治療効果を減らそうとしていることになります。このような話を保護者さんにすると「ウチはベランダで吸っているから、大丈夫です」などと答える人がいらっしゃいますが、家庭内に喫煙者がいない子どもと比較すると、いわゆる「換気扇喫煙」をしている家庭の子どものコチニン濃度は3.2倍、「ベランダ喫煙」でも2倍に上昇します。また、喘息治療のために入院した親子に対する意識調査では、100%近い保護者が「発作を起こしそうなときは吸わない」と回答していますが、そのような配慮をしてもらっていると感じている子どもは30%程であり、親子の認識に差がみられています。
ここまで読んでくださった喫煙者のなかには、「喘息に悪いのは知っているけど、まだ、タバコをやめたくない」「禁煙してみたけど、失敗したから私はやめられない」と思う人もいるかもしれません。このように感じるのは、喫煙者がタバコに害があることを知らないわけではなく、禁煙に失敗するのは意志が弱いからではなく、もちろん、喫煙者の性格が悪いからタバコをやめないわけではありません。タバコに含まれるニコチンの依存性はヘロイン、コカインなどの薬物よりも高く、喫煙者はニコチン依存症になっています。ニコチン依存症になると「認知のゆがみ」という喫煙を正当化・合理化する心理が生まれ、喫煙による害の否定、タバコの効用の盲信、禁煙の障害の過大評価をします。これは「結論の飛躍」という心理を生み、禁煙する必要がない、禁煙は不可能、多少の受動喫煙はやむをえないという結論に達します。みなさんの周囲の喫煙者には、「私はガンにならない」、「タバコがないと仕事のストレスが消えない」「禁煙は難しいからやらない」と言う方はいませんか。このような考えは、喫煙者がタバコに操られているために生じるものであり、ニコチン依存症として治療が必要な状態です。
さて、気管支喘息を治療するときに「気合いが足りないからセキがでるんだ」と単純な精神論で片付けることが間違いであるように、気合いだけで禁煙しても成功率は上がりません。国内では2006年から外用薬、2008年から内服薬がニコチン依存症の治療薬として保険適応となっており、基準にあった患者さんはTVのCMでも話題になった「お医者さんと一緒に禁煙」ができるようになりました。しかし、いわゆる禁煙外来を開設するためには多くの施設基準があり、全ての医療機関で実施しているわけではありません(日本政府の大人の事情があるのです・・・。禁煙外来を開設している医療機関は、保健所やファイザー製薬のインターネットサイトなどでご確認ください)。また、ニコチン依存症の治療成功率を高めるためには薬だけでなく、適切なカウンセリングによる精神的な支えも必要となります。保健所・保健センターの医師などが実施している禁煙支援サービス(残念ながら、禁煙支援に積極的な地域のみで実施しています)や、禁煙支援をしている薬局、インターネットを利用した「禁煙マラソン」などの有効な支援システムがありますので、自分にあった方法を活用すると良いでしょう。そして、最も必要な精神的な支援は身近な人からの「温かい応援」です。ご家族などが禁煙にチャレンジするときは、心から励まして下さい。もし禁煙に失敗しても「やっぱりダメじゃない」などと言わずに、「すごい!2日も頑張れたね。次は一緒に3日間に挑戦しよう」とポジティブに声をかけます。
今回の記事を読んで、気管支喘息の環境整備として「禁煙にチャレンジしよう」「わたしの家族を応援してみよう」と思って下さった人がいれば幸いです。

参考文献:
Burke H et al. Pediatrics 129;735-744 (2012)
Cohen RT et al. JACI 126;491-497 (2010)
Evans D et al. Am Rev Respir Crit Care Med 156;1773-1780 (1987))
Johansson A et al. Pediatrics 113;e291-5 (2004)
Thomson NC et al. Eur Respir J 24;822-833 (2004)
小田嶋博ら 喘息 9;93-97 (1996)
立石泰子ら 神奈川県公衆衛生学会誌 55;46 (2009)