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2 「アレルギーのおはなし」第二回 〜気管支喘息と肥満〜 あいち小児保健総合医療センター 佐々木渓円/メールマガジン69号

みなさま、いかがお過ごしですか。あいち小児保健医療総合センターの佐々木渓円です。この文章を読まれている頃は、残暑が続くなかで初秋の風も少しは感じられる頃でしょうか。「秋」には色々な枕詞がつきますが、「食欲の秋」を楽しんだあとは体重計が気になることもあるかと思います。ということで、今回は気管支喘息と肥満に関する話題にふれてみましょう。

はじめに、今日登場するキーワードとして、肥満の指標の一つであるbody mass index (BMI)について説明をします。これは体重(kg)を身長(m)の二乗で割った数値ですが、体重50kg、身長150cmの人であれば22.2kg/m2という理想的な値になり、日本の基準では普通体重(18.5以上、25未満)と判定されます。日本では25kg/m2以上を肥満としていますが、肥満の診断には体脂肪率などの他の指標も考慮する必要もあります。例えば、BMIだけで考えていると、シュワルツェネッガーさんのような筋肉質体型で体重100kg、身長190cmの人は肥満に判定されてしまいます。

では、本題です。気管支喘息の発症リスクはさまざまなものがありますが、肥満も喘息の発症リスクになっています。 Beutherらの研究報告では、BMIが25kg/m2未満の人と比較するとBMIが25〜30kg/m2の人の喘息発症リスクは1.38倍、30kg/m2より高い場合は1.92倍となり、肥満がすすむほど喘息の発症リスクは高くなっています。また、学童期の日本の子どもたちを対象とした全国調査でも、調査をしたすべての年齢(6〜7歳、13〜14歳、16〜17歳)で、肥満が喘息の発症リスクになることわかっています。実は、肥満が喘息のリスクになるくわしい理由は明らかになっていない点もありますが、お腹の脂肪が増えることで肺の空気の量が少なくなること、気道(空気の通り道)の筋肉が短く・少なくなることで気道が狭くなることなどの構造的な原因もあります。また、最近注目されている点では、肥満によって増える脂肪細胞が分泌する物質が、喘息の発症や治療効果に影響していることがわかってきました。

以前は、脂肪細胞には特別な機能はないと考えられていましたが、脂肪細胞は私たちの体内で色々な物質を分泌しています。なかでも、レプチンとよばれる物質は脂肪細胞から分泌され脳に作用することで、私たちが食べる行動を抑えたり、エネルギーの消費を高めています。肥満になると脂肪細胞から分泌されるレプチンが増えますが、単純に考えると「食べるのを抑えて、エネルギーを多く使わせる物質が増えるから、やせる!」という結果になりそうですね。ところが、肥満がすすんだ人ではレプチンの量が増えても、レプチンに対する感受性(効きやすさ)が低下する「レプチン抵抗性」という状態になっています。

ところで、気管支喘息では私たちの体内で好酸球という細胞が増え、炎症状態をつくっています。最近の研究では、脂肪細胞がつくるレプチンが増えると、不要になった好酸球が死ににくくなったり、好酸球による炎症状態を促進することが判ってきました。また、脂肪細胞が分泌する他の物質のなかには、TNF-αとよばれる物質のように喘息治療に使用する吸入ステロイド薬の治療効果を弱めるものもあります。

では次に、減量をすると気管支喘息の治療効果が高まるというデータをご紹介しましょう。BMI 30kg/m2以上の成人の喘息患者さんを対象としたフィンランドの報告では、減量によって呼吸機能や日常生活の改善がみられています。また、国内で行われた喘息の子どもたちを対象とした調査でも、肥満の改善が大きい子どもは呼吸機能が改善したと報告されています。

さて、この記事を読んでくださっている方には、アレルギー疾患を治療中の子どもの保護者さんも多いと思います。なかには、「肥満が気管支喘息のリスクになるなら、今日から親子でダイエット!」と思われた人もいるかもしれませんね。しかし、気をつけていただきたいのは、成人肥満と違って、小児肥満の場合は単純に食べる量を減らして「ダイエット」に挑戦すれば良いわけではありません。そこで、最後に小児肥満対策について、少しふれておきましょう。

小児の肥満対策は気管支喘息だけでなく、成人肥満への移行による合併症の予防などの効果もありますが、まず、現在の肥満が治療すべき状態なのか、原因となる要因は何なのかを正しく判断する必要があります。例えば、小児肥満を原因から分類すると、全体の約5%は肥満になる原因の病気がある「症候性肥満」と考えられています。また、症候性肥満以外の単純性肥満のなかにも、心理的要因が原因で肥満になっている場合もあります。
単純性肥満の指導を個人指導レベルで行うのは、一般的には学童期に開始するのが望ましいとされています。小児は成長過程にありますので、栄養素の摂取バランスの点から無理な減量は健全な成長を妨げる可能性があります。また、肥満の原因を考えずに減量を行うことは継続できないことが多く、肥満しやすい傾向の原因となる生活習慣全般を見直すことが基本になります。この生活全般の見直しは、個人の性格、生活環境、これらの結果として表れる行動の3つの要因が相互に作用することに注目して実施します。この治療過程では、達成可能な目標を本人とともに設定して「自己決定感」や、達成できたときの「有能感」、周囲からのサポートによる「交流感」を得ることで、肥満軽減だけでなく自我の成長も考えていきます。実は、この「自己決定感」「有能感」「交流感」は成人の生活習慣病対策にも必要な基本ポイントでもあり、いわゆる「メタボ対策」を考えている方にも応用できますので、お子さまの肥満対策以外にも活かしていただければ幸いです。


参考文献:
Beuther DA et al. Am J Respir Crit Care Med 174;112-119 (2006)
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Wong CK et al. Eur J Immunol 37;2337-48 (2007)
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